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東京地方裁判所 平成4年(ヲ)2486号 決定

申立人 甲田ファイナンス株式会社

右代表者代表取締役 甲野太郎

右申立人代理人弁護士 原後山治

同 三宅弘

同 近藤卓史

同 大貫憲介

同 髙英毅

同 杉山真一

相手方 有限会社戊原こと 戊田秋夫

当庁平成三年(ケ)第二八八号土地・建物競売事件につき、申立人から売却のための保全処分命令の申立があったので、相手方のために金二〇万円の担保を立てさせた上、次のとおり決定する。

主文

相手方は、本決定送達後五日以内に、別紙物件目録記載(四)(五)の建物から退去せよ。

理由

本決定は、売却のための保全処分(民事執行法五五条一項)の申立を認めるものである。

(以下、別紙物件目録(一)から(三)までの土地を「本件土地」、別紙物件目録(四)(五)の建物を「本件建物」といい、両者をまとめて「本件不動産」という。)

一  申立の内容等

(一)  これまでの経緯

申立人は、本件不動産についての抵当権者であり(平成二年四月二日付けで登記されている)、その実行としての競売を平成三年三月六日に申し立てた差押債権者である。

丙川一郎は、上記抵当権の設定登記後の平成二年一二月一三日に本件不動産の所有権を取得した者である。

上記競売事件は、平成三年三月一一日付けで競売開始決定がなされ、次のとおり二回にわたって期間入札の方法による売却実施命令がなされたが、いずれも適法な入札がなかった。

ア  (一回目)

決定年月日 平成三年一二月一三日

入札期間 平成四年二月一八日から同月二五日まで

開札期日 平成四年三月三日

最低売却価額 一括で二九億六一四〇万円

イ(二回目)

決定年月日 平成四年三月二七日

入札期間 平成四年六月二日から同月九日まで

開札期日 平成四年六月一六日

最低売却価額 一括で一九億二四九〇万円

当裁判所はその後(平成四年七月三日)、申立人の申立に基づき、売却のための保全処分として、丙川に対し、本件建設についての工事の中止を命じ、工事の続行を禁止し、占有の移転又は占有名義の変更を禁止し、かつ執行官に対し、丙川が占有の移転又は占有名義の変更を禁止されたことを公示するよう命じた。その理由として、丙川が二回目の期間入札の実施された段階に至って、本件建物の占有を第三者に移転しようとしており、しかもその第三者が暴力団関係者となる可能性も高いと述べた。

ところが、この保全処分命令の執行(同月六日)の際、執行官は、本件建物の一階部分は丙山株式会社、株式会社乙野(いずれも代表者は乙山春夫)及び丁川専門学院こと乙山春夫(これらをまとめて、以下「乙山ら三者」という。)が共同占有し、二階部分は乙山ら三者及び丙川が共同占有していると認定した。

そこで当裁判所は平成四年八月一四日、申立人の申立に基づき、売却のための保全処分として、乙山ら三者に対し、決定送達後五日以内に本件建物から退去するよう命じた。その理由として、乙山ら三者は占有権原として使用貸借を主張しながら、その契約書の写しをとることも拒否し、また本件建物を現実に使用している様子もないこと、丙山及び乙野の実質上のオーナーである丁原夏夫が、数件の競売事件において悪質な競売妨害を行っていると疑うべき根拠のある者らとの間に密接な関係があること、などの事実を認定して、上記の三者は、丙川が執行妨害を目的として、差押後に本件建物に入居させ、その占有の外形を作ったものであり、丙川の占有補助者とみるべきであるとした。

乙山ら三者に対するこの保全処分については、特別送達が試みられたが、いずれも転居先不明として裁判所あて返送されたため、いまだに送達されていない。

(以上の事実は、記録中の資料によって明らかである。)

(二)  申立の内容

申立人は、以上の事実を前提とした上、平成四年八月二六日から相手方が本件建物の二階を占有しているが、これは執行妨害を目的として丙川が占有させたものであり、丙川の占有補助者に過ぎないと主張して、相手方に対し、本件建物から五日以内に退去するよう命じる保全処分を申し立てた。

二  申立を認めた理由

当裁判所は本件申立を認めることとする。その理由は次のとおりである。

(一)  申立人の提出した資料によれば、以下の事実が一応認められる。

ア  乙山ら三者に対する送達がいまだできていないのは、以下のような理由によるものである。すなわち、本件建物には、八月二〇日には「八月二四日まで夏期特別休暇とさせていただきます。」とのはり紙が、二六日には「当社は八月三一日迄夏休みとさせて頂きます。九月一日(火)より平常営業致します。」とのはり紙が、さらに九月四日には「九月七日まで休業致します。八日(火)より営業致します。」とのはり紙が出されていた。現在はこのようなはり紙はないが、上記はり紙があった期間中も、またその後も、殆ど人影のない状態が続いている。

(これはおそらく、送達を遅らせるため意図的に行っているものと思われる。)

イ  こうして乙山ら三者に対する保全処分の送達ができないうちに、平成四年八月二六日になって、相手方が本件建物の二階に入居し、相手方名の看板を掲げた。本件建物には、丙川に対する保全処分の執行により、丙川が占有の移転又は占有名義の変更を禁止されている旨の公示書が貼付されていたが、相手方は入居の際、公示書の存在を承知していたのみならず、入居直後にこれをペンキで塗り潰した。

ウ  相手方は、株式会社乙原(本件土地・建物競売事件の債務者であり、前所有者)の従業員である戊野冬夫から本件建物を賃借したと述べる。

しかし、賃貸借契約書がないうえ、相手方の主張によれば、保証金はなく、賃料は月額二〇万円とのことである(これは異常に低額であって、正常な賃貸借とは到底考えられない)。

なお相手方は、戊野から、本件建物は差押物件であり、いつ出ることになるかわからないから承知しておいてくれと言われた旨を述べている。

エ  戊野は、極めて悪質な競売妨害に関与したことがある。すなわち、乙原がもと所有していた本件とは別の競売物件につき、街頭宣伝車が駐車され、抵当権者がその撤去を求めたところ、解決金として一億九〇〇〇万円もの支払を求められた事件があったが、戊野は、丙川ほかの甲川商事の関係者と共にこの事件に関与し、抵当権者との交渉役として動いたものである。

オ  相手方は「有限会社戊原」と称し、その本社は大阪にあって、本件建物はその東京支店だと主張している。けれども、大阪にも東京にも、相手方の交付した有限会社戊原の名刺に記載された場所には「有限会社戊原」なる法人の登記はない。

カ  本件建物の二階にある事務用品・家具等の殆どは、相手方が入居する前からあったものである。また有限会社戊原の名刺には「家庭日用品・繊維・インテリア・製造販売」と記載されているが、そのような営業に関係する物は本件建物内に存在しない。

(二)  以上の事実によれば、丙川は執行妨害を目的として、差押後に相手方を本件建物に入居させ、その占有の外形を作ったものと認められる。このような場合には、相手方は丙川の占有補助者とみるべきであるから、売却のための保全処分の相手方となる。

(三)  そしてこのような事情のもとにおいては、本件建物を相手方が占有していると買受人の出現が極めて困難となることは明白であり、そのために本件建物の価格が著しく減少することになる。

(裁判官 村上正敏)

〈以下省略〉

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